地域資源を開発し、花開かせた“仏農商工官連携”によるご当地ラーメン開発プロジェクト

安養寺味噌の復活からプロジェクト結成へ

味噌の製法を中国から日本に伝えたとされる鎌倉時代の僧・覚心の遺志によって開かれた臨済宗・安養寺は、信州味噌発祥の地と言われている。これを知った現住職の田嶋英俊さんは、檀家の人々と共に大豆を育て始めた。その貴重な大豆と佐久平で収穫された米を材料に、江戸時代から続く老舗・和泉屋商店が信州味噌の原点である“安養寺みそ”を復活させたのは5年前のことだ。

一方、ラーメン店主たちによる“佐久拉麺会”の結成は2007年。七代目助屋代表・金子祐一さんの、「個人ラーメン店の市場拡大と、ラーメンを通じた社会貢献をめざそう」という呼びかけに賛同した6店からなる会は、ラーメンの食べ歩きイベントを主催し、見事に成功を納めていた。ご当地ラーメン開発の要請があったのは、イベントを終えて会の結束力が高まり始めた頃だった。

扇の要役を果たし、“安養寺みそ”と“佐久拉麺会”を結びつけたのが佐久商工会議所だ。「佐久鯉や日本酒に続く新たな名物を立ち上げ、地域の活性化を図りたい」と、ご当地ラーメン開発プロジェクトに取り組んだ。こうして、佐久拉麺会、和泉屋商店、佐久商工会議所、佐久地方事務所商工課・観光課、佐久市農政課による“開発麺バー”が結成され、安養寺や長野県地域資源製品開発支援センターの協力を得ながら、08年3月プロジェクトは始動する。

安養寺

鎌倉時代の高僧・覚心の遺志によって開山された安養寺は信州味噌発祥の地とされる。「覚心が宗の径山にある径山寺に学んで、経山寺味噌を日本に伝えた」と佐久市志にも記述が見られる

ご当地ラーメン完成まで学び、挑み、迷い、苦しんだ日々

まずは、安養寺で勉強会を開催。信州味噌発祥の由来や覚心和尚について学んだ。次に、“安養寺みそ”の原料となる大豆の種蒔きにも挑戦した。メンバーはほとんどが農作業初体験で、筋肉痛に苦しめられたが、「食材の背景を知ることができ、食材への感謝の気持ちが強くなった」と金子さんは言う。

そして、いよいよメニュー開発がスタート。“佐久拉麺会”が、合作ラーメン作りに挑んだ。だが、独自の味や技術、こだわりを持つ職人集団だけに、簡単に意見はまとまらない。

2年以上長期熟成される“安養寺みそ”は、金子さん曰く、「塩気がこなれているためとても上品」という特長を持つが、「ラーメンにするとスープや麺ばかりが前面に出てしまい、味噌そのものの良さが出ない」という課題もあった。通常営業のかたわら、週1回開催される試作会や会議までにメニューを考え出すことが容易でないことは想像に難くない。なかなか結果が見えず、「途中からフラストレーションが溜まった」というが、「それを超えるとお互いの理解が深まり、心底本気になった。自分の店用にしまっておいたアイデアをみんなが出し始めたらどんどん良くなった(笑)」と金子さん。3か月に及ぶ試行錯誤の末に完成したのは、「スープのトーン(濃度)を落として香りやバランスを良くし、味噌の風味を最大限にいかした」味噌ラーメン。トッピングの野菜もできる限り地元産のものを使用して、「地産地消率の高い一杯」が誕生した。

完成した“安養寺ら〜めん”は、安養寺で初披露された。田嶋住職や檀家さん160名にふるまわれたその味は、「中高年にも食べやすい」と好評で、メンバーは手応えを感じたという。

その後、統一の味噌ベースに、6店が独自の麺とスープ、具材を用いたオリジナルの“安養寺ら〜めん”開発に取り組み、いよいよ08年11月から各店での販売がスタートした。

安養寺ら〜めんとその原点である安養寺みそ

3か月に及ぶ試行錯誤の末に完成した6店合作の“安養寺ら〜めん”。“安養寺みそ”の特長を活かし、良い意味で田舎風の素朴な味わい。麺は佐久の製麺所の特注品、トッピング野菜も地元産が中心で、地産地消にもこだわった。イベント等で食べることができる(左写真)
地元産の大豆と米を使った“安養寺みそ”は信州味噌の原点。2年以上の長期熟成による上品さが特長。この味を活かすために店主たちは苦悶した(右写真)

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開発麺バーによる会議の様子

佐久拉麺会、佐久商工会議所と行政などの支援関係者が“開発麺バー”として集結した会議では、それぞれの専門性や情報を活かしながらプロジェクトの方向性や手法について何度も検討がなされた

江戸時代から続く老舗味噌蔵・和泉屋商店

江戸時代から続く老舗味噌蔵・和泉屋商店は、田嶋英俊住職らが育てた大豆、佐久平一帯で収穫された米、天然塩を使った“安養寺みそ”を復活させた

開発麺バー、大豆の種蒔きに挑戦

安養寺の歴史や信州味噌の醸造法について学び、大豆の種蒔きにも挑戦。「自分たちが真剣に学ぶ姿勢を見てもらうことも大切だと思った」と“佐久拉麺会”の金子さん。食材の背景を知り、その大切さを再認識して感謝の気持ちが強まったという

柿酢をつくる写真

週に1度の試作・試食会は3か月間続いた。個性豊かな店主の集まりゆえに意見の衝突もあり、「寝ても覚めてもこのことだけを考えていた」(金子さん)。苦労の甲斐あって、“安養寺ら〜めん”は佐久の新しい名物になりつつある